“放送記念日特集”にみる放送の課題


放送90年に放送された『放送記念日特集』

放送90年に放送された『放送記念日特集』

野心的な企画だったが・・・

1925年3月22日午前9時30分、記念すべき日本初の放送は「JOAK、JOAK,こちらは東京放送局」で始まった。それから90年を経た今年のNHK放送記念日特集は、「放送90年 歴史をみつめ、未来を拓く」と題して、放送の将来を生で議論した。

番組の問題意識は、「(放送は)進化し続けるたびに、視聴者に感動をもって迎えられ」てきたが、「(ネットにより)自らの存在意義を問い直される」ようになった。今や人々は「放送局が設定した“時間”“空間”“費用”などの枠組みから解放され」コンテンツを楽しめる。「(放送が)未来にむけてどのような役割を果たせるのか、それを実現するためにはどうしたらいいのか」を探るということだった。

放送記念日特集は、誰に向けて放送するのかが悩ましい番組だ。メディアをテーマにしているために、一般視聴者にも分かり易いレベルに噛み砕くのか、業界関係者が感心する専門領域に踏み込むのか、判断に苦しむことが多いからである。筆者もテレビ50年と60年に制作を担当したことがある。他にもネットとテレビの関係を論ずる年に、求められてアドバイスをしたことがある。そして毎回放送終了後に、一般・業界ともにどっち付かずの中途半端な出来になっていなかったかと反省したものである。

その意味で今回は、一般視聴者の中でもネットを使い馴れた若年層に身近な話題を並べ、見易い出来だったと思う。特にテーマを4つ挙げ、どれを見たいか視聴者に問い、最も大勢が投票したものを見せるという構成は斬新だった。

 

紹介された事例も魅力的だが・・・

4つのテーマは以下の通り。「名場面から再発見 放送のチカラ」「進化するネット 放送はどう変わる」「社会がギクシャク 放送にできること」「若者に魅力あるメディア その秘密」。第1コーナーでは、4つの選択肢から先ず「進化するネット~」が選ばれた。そしてVTRでは、ニューヨークタイムズ、バズフィード、ロイターが取り上げられた。ニューヨークタイムズは従来最も重要視してきた新聞1面の記事を決める会議を、先月からウェブ版記事選択の場に変えた。もはや紙の1面は最優先課題ではなくなったというのである。そして2億人の読者を抱えるバズフィールドや世界最大の通信社ロイターの部分では、ユーザーの好みに合わせて内容を変えるようになっている状況を紹介した。

VTRを受けたスタジオ議論では、視聴者がどの程度の興味を持っているのかを指標化して示す工夫も見せた。「この議論、おもしろい?」という問いに対して、時々刻々視聴者が反応する仕掛けである。議論が始まるや否や「YES」が85%に跳ね上がり、関心の高さが示された。しかし徐々に評価は下がり、7分ほどで「NO」が4割を超す。するとチャイムがなり、議論が終了させられた。そして残り3つのテーマからどれが見たいか、改めて投票が始まった。

第2コーナーでトップとなったのは「社会がギクシャク~」。最初に流されたVTRでは、米国のTVチャンネルの論調が偏り、結果として国民の分断を深めているという状況が紹介された。具体的にFoxニュースとMSNBCの視聴層が、保守かリベラルかでかなり偏っているデータも示された。これを受けた議論も、当初から92%の視聴者が「面白い」と評価した。そしてスタジオ議論が7分を経過しても、7割以上の視聴者が「面白い」と評価し続けた。ところが無情にもチャイムが鳴り、番組は次へと展開した。

筆者はここで「???」となった。次の投票結果は予想通り「若者に魅力あるメディア~」だった。しかもVTR冒頭は、NHKと民放のオンデマンドサービスだ。またしても「???」。さらに今年1月のCESを舞台に、米国でも日本と同様に若者のテレビ離れを食い止めようという動きが始まっていると来た。ちょっと待ってほしい。米国では人気テレビ番組のネット配信は06年から盛んになっていた。日本のように今始まったことではない。ただし次に紹介されたネット上のニュースチャンネル「VICE」は確かに刺激的だ。最初からこの事例で始めた方が、宣伝色が出ず明らかに魅力的だった。

「VICE」のVTRを受け、スタジオ議論も冒頭から「面白い」が85%となった。しかもスタジオゲストは、「マスメディアは旧ソ連の百貨店」と手厳しい。上から目線でニュースを押し付けるのではなく、横の繋がりの中で一緒に作り上げていく時代と提言する。「視聴者が求めているのは生々しい現場」「日本の放送局はゲストが驚くような質問をぶつけていない」「批判を恐れ過ぎ」「作る側の多様性がない」など、議論は矢継ぎ早に課題を挙げ、変わり行くべき姿を示していた。

 

予定調和という限界

ところが今回も7分過ぎに、「面白い」が75%を占めているにもかかわらず、チャイムが鳴った。残ったテーマは「名場面から再発見 放送のチカラ」。あなたの放送10大事件アンケートを基に、投票結果を紹介するところからコーナーは始まった。

この演出で落胆したのは、テレビの“予定調和”性だ。テーマを4つ用意したので、予定通り4つきっちり紹介するという姿勢。視聴者が面白いと評価しているのに、議論を終了させて次に移るのは、本当に視聴者本位の姿勢だろうか。例えば「つまらない」が3分の1を超えるまでは、そのコーナーを続けるという選択もあり得たのではないだろうか。あるいは予定の時間が来たが、このまま議論を続けるか否かを視聴者に選んでもらう演出もあり得た。これこそが、議論の中で出ていた「上から目線」「押し付け」でない展開だろう。そうれば「(視聴者が求める)生々しい現場(=議論)」となったのではないだろうか。

さらに言えば、「こぼれたVTRは、番組終了後にネット配信」もありではないだろうか。今回の特番は続編がラジオで直後にあったので、「(4つ目のテーマは)予定を変更して第二部に回します」とやれば、ラジオへの流入も大きくなったはずだ。いずれにしても予定調和な展開を続けていたのでは、既にテレビ離れをしている若年層は言うに及ばず、「テレビがつまらない」と思い始めている人々を引き留めるのは難しそうだ。

以上を象徴するハプニングが、第二部の終了間際に起こった。司会者がまとめのコメントを言い始めた瞬間、ゲストの一人が「丸くおさめようとしている」と野次を飛ばしたのである。放送の未来を開くための議論で、ゲストから出た幾つかの提言。これらをどこまで採り入れ実行できるかどうかに、放送の未来がかかっているような気がする。

【御礼】セミナー『どの局も直ぐ着手できる放送外収入 ~ローカル民放の増収作戦2015~』大盛況ありがとうございました


2015年3月6日、セミナー『どの局も直ぐ着手できる放送外収入 ~ローカル民放の増収作戦2015~を開催させていただきました。
お陰様をもちまして、23名の方にご参加いただき、多くの方から質疑応答が飛び交う、活気あるセミナーとすることが出来ました。
参加者の皆様、またパネリストの平山様、大森様、及び会場設営等ご協力をいただきました㈱インテージの皆様、ご協力ありがとうございました。

なお、3月13日(金)には、セミナー『ラジオから考える放送の近未来』を開催いたします。
日程が迫っておりますが、参加受付はまだ承っておりますので、ご希望の方は是非ご参加いただけますと幸いです。

セミナーの詳細はこちらをご参照ください。

 

(参考)先日開催いたしました、3月6日セミナーの詳細情報は以下の通りです。

3/6(金)開催
次世代メディア研究所2015年セミナー 開設記念シンポジウム
どの局も直ぐ着手できる放送外収入 ~ローカル民放の増収作戦2015~

<開催日時>  2015年3月6日(金)午後2時~5時
 <会  場> インテージ秋葉原ビル・セミナールーム
(JR・地下鉄日比谷線秋葉原駅から徒歩3分・ 地下鉄銀座線末広町駅から4分)
 <パネリスト> 仙台放送ニュービジネス開発局 局長 平山準一 氏
ストリートメディア株式会社 社長 大森洋三 氏
 <モデレーター> 次世代メディア研究所 代表 鈴木祐司

<受講料>
法人会員契約をされた企業は、契約人数まで無料。
※今回の開設記念シンポジウム以外に、セミナーが年10回開催されます。
※法人会員契約の詳細については、こちらをご覧ください。

それ以外の方(一般参加の方)は、1名につき2万円。(税別)

<開催趣旨>
ローカル民放の広告収入は、少子高齢化と人口減少、地域経済の地盤沈下などで厳しい状況にある。さらに今後を展望すると、録画再生やVODなどタイムシフト視聴の増加で、リアルタイムの視聴率を前提とした広告収入は、一段と厳しい状況も危惧されている。

そんな中、活気のあるローカル局がある。エリア内に留まらず、コンテンツを全国・海外展開をして高収入を得ている局、養殖など放送外収入の方が大きい局などだ。ただしこうした成功例は、地域性・局の成り立ち、グループ企業のあり方の違いなどで、すぐには他のローカル局の参考にならない例も多い。

そこで当セミナーでは、「どの局も直ぐ着手できる放送外収入」と銘打って、大半のローカル局が比較的簡単に模倣できる成功例を紹介し、実際に実践するためのノウハウを伝授する。他に動き出したばかりの“ローカル番組を基にした増収作戦”の最前線などもお伝えする。
<セミナーの概要>

Ⅰ.プレゼン:成功例・その背景と勝因

【キー局/ローカル局の実態】
東京キー局では過去10年で広告収入以外の事業収入の比率が格段に大きくなった。厳しい環境を見越した安定化策だった。これに加えて去年からは、本業の放送と密接な関係のある新ビジネスが重視されつつある。番組の見逃し配信などだ。これについては、ローカル局も大きな関心を寄せ、実際に動き始めた局も少なくない。放送外収入を巡る最前線を概観する。

【テレビの信頼がビジネスの礎~仙台放送の事例から~】
キー局から送られてくる番組だけが頼りのローカル局は、リーマンショックなどで広告収入が激減すると、経営は一挙に行き詰る。しかし仙台放送は、売上の4%ほどを新規ビジネスで稼いでおり、広告収入の上下を一定程度まで吸収できるようになっている。新規事業は、「ドクターサーチみやぎ」「弁護士サーチ」など公共性の高い情報を、テレビの信頼感を前提に提供する内容。さらに「食材王国みやぎ 地産地消市場」は、ネット上だけでなく、リアル店舗を展開することで賑わっている。地域活性化に貢献するローカル局ならではの新規ビジネスと言えよう。他に大学と連携して役に立つコンテンツを制作し、放送外でも収益を得ている。どのローカル局でも直ぐにできる放送外収入増の取り組みを、費用と収益の関係も交えて解説する。

【お茶の間だけのテレビから、消費現場でのテレビへ~岡山放送での取り組みを中心として~】
オムニチャネルを中心とした流通革命の中、店頭に置ける消費を高揚させる情報の重要性が日々増している。米国に於いては、店頭、街中、タクシーの車内と情報発信の場が日々新しく創出されており、その担い手の多くが米国のテレビ局となっている。日本に於いても、デジタルサイネージを利活用した、消費向上のビジネスモデルがスタートし始め、テレビ局との連動も始められた。ストリートメディアでは、去年5月に岡山放送と組んで放送でCMを流す他、実際の店舗に設置されたモニターに販売促進を狙った関連映像を流し、売上向上に寄与し始めた。この事例の紹介と共に、ローカル局が直ぐに出来る放送外収入増の取組案を、幾つか提案して行く。
Ⅱ.議論とQ&A
「テレビの信頼を前提とした新ビジネス」「テレビとデジタルサイネージの連携」という2つの具体策について、他局が導入する際のノウハウ・留意点、さらなる発展のためのアイデアは何かを議論する。

他に、ローカル番組をネット配信などに活用することで、HTB「水曜どうでしょう」の世界にどう近づくのか、可能性と課題を洗い出す。

 

<プロフィール>

仙台放送ニュービジネス開発局 局長 平山準一 氏
1958年3月に上智大学 理工学部 電気電子工学科卒。同年4月にソニーテクトロニクス入社。平成2年10月に仙台放送入社。その後、技術系部署の後、東北情報システム(IBMとの合資会社)出向。営業部を経験の上、7年前にデジタル事業部長。2年前にニュービジネス開発局長を拝命、現在に至る。

ストリートメディア株式会社 社長 大森洋三 氏
1986年にヤマハ株式会社へ入社し、海外事業&製品マーケティングを担当。96年にデジタルCS放送のJICに入社。2000年にウェザーニューズ社入社し、販売事業本部長を務める。03年にサイバード入社。メディア戦略部長、インキュベーション室室長を歴任。05年インデックスホールディングス取締役就任。そして08年にストリートメディアを設立し、代表取締役社長に就任。経済産業省e空間検討委委員、東京コンテンツマーケットコーディネーター、石川県新書府事業選考委員、福岡市デジタルサイネージ協議会委員なども務める。

次世代メディア研究所 代表 鈴木祐司
1982年にNHK入局。制作現場では主にドキュメンタリー番組の制作を担当。97年に放送文化研究所に異動。98年日米ジャーナリスト交換プログラムで、アメリカの放送デジタル化の動向を視察。2003年放送総局解説委員室解説委員兼任(専門分野はIT・デジタル)。09年編成局編成センターへ異動。大河などドラマのダイジェスト「5分でわかる~」を業界に先駆けて実施、他に各種番組のミニ動画をネット配信し、NHKのリーチ拡大を図る。12年にNHKスペシャル事務局へ移動し、放送前にミニ動画を配信して視聴率を上げる取組等を手掛けた。2014年独立、次世代メディア研究所代表・メディアアナリストとして活動。

“ネットフリックス脅威論”に7つの誤解


150302ネットフリックスネットフリックス脅威論の概要

米国時間の2月4日、映像配信大手ネットフリックスが日本市場へ今秋進出すると発表した。その後2月20日、東芝からは同サービスに国内で初めて対応するテレビが発売された。パナソニックも3月上旬から発売予定だ。これらを契機に日本のネット上には、関連記事が頻繁に登場するようになった。主な記事のタイトルを列挙すると以下の通り。

テレビ震撼!「ネットフリックス上陸」の衝撃(2/5)

 今年秋、上陸決定!Netflixは黒船なのか?(2/5)

 Netflix急成長の一翼を担ったのは、メタデータだ!(2/9)

 Netflixは日本の映像ビジネスを変えるのか?(2/12)

 テレビ各社、米動画配信対応型を投入 「ネットフリックス」(2/12)

 “テレビ画面“を奪い合う、戦争が始まる

ネットフリックスの衝撃。テレビ局の猶予はあと5年だ(2/12)

 動画配信のNetflixが日本上陸、TV局主導のコンテンツ市場は変わるのか?(2/13)

 会員5000万人超・米動画配信「ネットフリックス」 

日本上陸で今度こそ「テレビ崩壊」か?(2/13)

見えてきた「Netflix」の国内サービス――対応テレビも着々(2/20)

Netflixボタンが日本のテレビを変える?–Netflix×東芝「REGZA J10」(2/20)

テレビがテレビじゃなくなるかもしれない状況にテレビはさしかかっている(2/23)

上陸!「ネットフリックス」は何がすごいのか(2/27)

 

米国での映像配信事業者トップの日本上陸だ。「黒船到来!」「日本のテレビの将来は大きく変わる」、いや「テレビ崩壊だ」と喧しい。だが「ちょっと待った!」と筆者は言いたい。コラムニストだった天野祐吉氏は生前、「コメンテイターは、他人と異なる意見を述べなければいけない。多様性の担保が重要」と言っていた。特に「状況を一言で一変させる野次の力が大切」という発言が印象に残っている。先達にはとても及ばないし、“状況を一言で一変”させるのは難しいが、このところのネットフリックス脅威論の大合唱に、ちょっぴり掉さしておきたい。敢えて言う。今の論調には誤解が7つある。

 

1:米国でのヒットが即日本でのヒットとなるのか?

1953年に始まった日本のテレビ放送では、米国制作の番組がたくさん流された。「スーパーマン」「名犬ラッシー」「わんぱくフリッパー」「奥様は魔女」などは、筆者も夢中になった作品だ。ところが日本では、次第に米国製番組が消えて行く。GP帯でのシリーズ番組としては、1977年の「ルーツ」が最後だった。米国製では次第に視聴率がとれなくなり、日本の番組の方が当たるようになったからである。つまり日本人は、日本人が登場する日本の番組を見たがったのである。

それでも映画の世界では、ハリウッド映画がその後も邦画を圧倒した。このアメリカ映画やドラマシリーズのパワーを背景に、日本上陸を計った放送システムがあった。1997年に放送を開始した衛星放送サービス「ディレクTV」だ。シュワルツネッガーが大統領候補に扮したテレビCMで最も強調したのは、「アメリカン・エンターテインメント」だった。この後、同システムのCMは「目指す未来が違う」と言ってのけた。しかし加入者は伸び悩み、最後は「おとうチャンネル・おかあチャンネル」とキャッチフレーズが迷走した末に、2000年にサービスは終了している。挑戦はわずか3年、アメリカのヒット作中心の試みは、日本では通用しなかったのである。

アメリカのエンターテインメントが、日本では退潮な事実を示す現象は他にもある。日本の映画館で上映される邦画・洋画比率の推移だ。1986年以降はずっと洋画が邦画を上回った。もちろん、その立役者はハリウッド映画だ。「ハリー・ポッター」「モンスターズ・インク」「スター・ウォーズ」「ロード・オブ・ザ・リング」などが並んだ2002年に至っては、邦画vs洋画の興行収入比率は27%対73%と洋画の圧勝だ。ところが2008年に23年ぶりに邦画が洋画を上回ると、以降はずっと邦画優位が続いている。「海猿」「テルマエ・ロマエ」「踊る大捜査線」とフジテレビの3本が全上映作品の中でトップ3を独占した2012年に至っては、邦画vs洋画の興行収入比率は64%対36%と邦画が圧倒した。

洋画の退潮は、テレビの世界でも同様だ。テレビ朝日が1967年に放送を始めた「日曜洋画劇場」は、淀川長治氏の名調子と決まり文句「さよなら、さよなら、さよなら」で視聴率の高い長寿番組となった。ところが黄金時代と言えるのは90年代までで、次第に洋画では高視聴率がとれなくなってきた。そして12年にはスポーツ中継・スペシャルドラマ・バラエティのスペシャル版で休止が増え、遂に13年春改定で「日曜洋画劇場」の枠名が変更され、「日曜エンターテインメント」となった。つまり映画以外の大型ドラマ・バラエティが同居するようになり、映画を流す時だけ「日曜エンタ・日曜洋画劇場」とされた。テレ朝のこの判断で、日本のテレビGP帯での洋画の定時放送はなくなったのである。

VODの世界でも、米国で08年にサービスを始め、11年に日本向けを始めたhuluがある。米国のテレビ局や映画会社が共同で設立し、コンテンツが豊富だったために、米国で急成長した。ところが日本では思うように展開しなかった。当初の加入料は月額1480円だったが、12年には980円に値下げされた。さらに14年4月には日本テレビに業務が継承され、米国資本は撤退を余儀なくされた。ディレクTVの時と同じ3年の命だった。

以上の通り、地上波テレビ・有料多チャンネル放送・映画・VODのどの分野でも、アメリカのヒット・コンテンツだけでは日本での事業は継続していない。持続可能なビジネスの鍵は、“アメリカのエンターテインメント”ではなく、“日本人が好むコンテンツ”が握っているのである。

 

2:大きく異なる日米のメディア環境!

米国の成功が日本で通じないのは、メディア環境が大きく異なる側面もある。例えばケーブルテレビの多チャンネルサービスは6~7割の普及率となったが、日本では2割に届かない。米国では地上波テレビが届かないエリアがたくさんあったこと、国土が広大で地域性に大きな違いがあったこと、多様な人種や言語が存在していたことなどが要因だ。そこまでの多様性が日本にはなく、地上波テレビが全国津々浦々にまで届いておりニーズが少なかったのである。しかも80年代までの米国では、地上波は3大ネットワークしかなかった。かたや日本では、NHKと民放で6チャンネルと充実しており、多チャンネル化が進む理由が薄弱だったのである。

衛星多チャンネル放送もしかり。米国の初期の衛星放送は、地上波もCATVも届かない農村地域をカバーするため、農協が団体契約をするなどして、最初から100万世帯ほどを獲得してサービスが始まっている。さらに多様性を前提にCATVより多いチャンネル数にニーズが存在し、3割ほどまで普及した。いっぽう日本の衛星多チャンネル放送は、1割にも届かずに去年あたりから加入減が顕著になっている。地上波テレビが圧倒的に見られている現実を前に、大きなビジネスには育たなかったのである。

ではネットフリックスはどうだろうか。元々レンタルビデオ店が近所に少ない米国では、DVDの宅配レンタル事業として加入者を急増させた。やがてVODへと移行し、14年末には米国内で約3500万もの加入者を獲得している。夕方プライムタイム帯での全米全ダウンストリームトラフィックの30~35%を占めるほどに成長していたのである。ただしその前提には、1か月に70~100ドルもするCATVの加入料の高さがあった。ネットフリックスなら月額8.99ドルから。米国ではCATVの10分の1ぐらいの割安感だが、日本のCATVは3000円程度だ。しかも加入者は2割もいない。大多数は無料の地上波テレビで満足している。つまりネットフリックスが割安という状況にないのである。

 

3:独自コンテンツで快進撃となるのか?

ネットフリックスには40以上のオリジナルコンテンツがあるという。その代表格が「ハウス・オブ・カード 野望の階段」で、2013年にエミー賞の3部門を受賞した。さらに今年は独自コンテンツを300時間ほど制作し、うち3分の1が4K制作になるという。これらの多くを日本で配信するから脅威というのである。

しかし項目1で詳述したように、米国でのヒットが即日本でのヒットとはならない。「ハウス・オブ・カード 野望の階段」は既に日本で配信されたが、該当事業者のビジネスが飛躍したという話は聞いていない。有料の世界では2014年、WOWOWの「MOZU」と全米オープンでの錦織選手の活躍が圧倒的な力を発揮した。2コンテンツ併せて15万件ほどの新規加入をWOWOWにもたらし、総加入者数が開局以来最高に達した。やはり日本のコンテンツが力を発揮したのである。

そのWOWOWは、2003年より独自番組「ドラマW」を制作してきた。これらの中から単発/連続ドラマ約60作品が、今年1月から順次huluで配信され始めた。加入者ゼロから今秋スタートするネットフリックスのライバルで、既に日本で100万ほどの加入者を擁すると目されている。ネットフリックスも日本製の独自コンテンツを一定程度用意する予定と聞くが、WOWOWからの約60作品を質量ともに凌駕するのは容易ではない。

さらにコンテンツの威力については、地上波テレビの番組が圧倒的という話は既にした。その見逃しサービスが、今日現在15~20番組ほどGYAOで行われている。こちらは無料のサービスだ。ネットフリックスがサービスを開始する今秋には、20~30番組とラインナップが充実している可能性が高い。定額見放題とは言え有料のネットフリックスが、質量ともに充実する無料のGYAOにどこまで対抗できるのか、甚だ疑問と言わざるを得ない。

 

4:TVメーカー抱き込み作戦は奏功するか?

先月20日に東芝が、そして今月上旬にはパナソニックがネットフリックス対応テレビを市場に投入し始めている。これらの端末では、リモコンに同サービスの専用ボタンがある。これを押すだけでサービスが立ち上がるため、ユーザーにとって利便性は極めて高いという。「必ず使ってもらえるサービスになる」と同社の担当者もコメントしている。しかし、これで本当に盤石なのだろうか。筆者には納得の行かない点が残る。

まず東芝はレグザの「J10」シリーズを2月20日から投入した。しかしレグザには、「Z10X」「Z9X」「J10X」「J9X」など9シリーズもある。今回の対応テレビはその内の1シリーズに過ぎない。パナソニックも3月上旬から対応するビエラ「CS650」を投入する。しかし同社にも40型以上を持つシリーズは、「AX900」「AX800」「AX700」「AS650」など8シリーズある。やはり対応機種はごく一部に過ぎない。

他にソニーやシャープなど他メーカーのシリーズも含めると、ネットフリックス対応テレビはごく一部であることがわかる。ちなみにJEITA(電子情報技術産業協会)の予測では、15年における薄型テレビの出荷台数予測は696万台。そして16~17年は700万代が続き、18年に漸く800万を超える。そのごく一部がネットフリックス対応テレビで、その2~3割が実際にネットに接続すると仮定すると、同サービスを利用できる家庭は毎年数十万程度が増えるだけとなりかねない。その中から何割に実際にお金を払ってもらえるかというビジネスである。ネット上の記事にあったような「テレビ局の猶予はあと5年」とか、「今度こそ“テレビ崩壊”か?」という表現が、如何に大袈裟かが分かる。

 

5:4K対応は決定的か?

同サービスは前述の通り、「今年は独自コンテンツを300時間ほど制作し、うち3分の1が4K制作になる」ことを強みとしている。しかし4Kテレビは40型代以上の大型テレビにしか機能がのっていないのが現状だ。そのサイズは台数ベースで言うと3割強しかない。その一部が4K対応になっているに過ぎず、例えば14年末時点でも全テレビの中で4K対応は1割に届いていない。その中の一部がネット接続をする現実から推測すると、4Kを売りにしても対象となるテレビは当面年間50万台以下となる。

しかもネットフリックスのボタンをリモコンに設置した東芝「J10」もパナソニック「CS650」も、実は4K対応ではない。共に高画質と謳っているが2Kだ。ネットフリックスが4Kを武器としながら、対応テレビが4Kでないという戦術のちぐはぐさは、どう受け止めたら良いのだろうか。ネット上の記事の多くはテレビの専門家が執筆しているはずだが、こうした矛盾はなぜ見過ごされたのか。いずれにしても、これでは4Kが決定的とならないことだけは確かだろう。

 

6:優れたデータ分析技術はどこまで通用するのか?

ネットフリックスの優位性に言及する際、米国での実績や資本規模の大きさの他に、優れたデータ分析能力を挙げる記事が多い。一つはユーザーの視聴データや番組の人気などのビックデータを解析し、制作に反映すること。エミー賞を受賞した「ハウス・オブ・カード 野望の階段」は、正にビックデータ解析の賜物という人もいた。そしてもう1点は、レコメンド技術だ。同サービスの動画視聴は、現状75%がオススメ機能からと言われている。これを以って、ユーザーの利用状況を解析した結果つくられたアルゴリズムが極めて優れており、日本でも切り札になるという見方である。

しかし2つの視点について、いずれも筆者は疑問を禁じ得ない。まず前者だが、もしビッグデータ解析でヒット作が作れるのなら、ネットフリックス制作の番組は全てエミー賞級となる。ところが実際には、1作が受賞したのは事実だが、他が軒並みビッグヒットになったわけではない。つまり、受賞した後の後知恵として、ビッグデータ解析が持ち出されている気がしてならない。実際に同社の担当者は、「(データ解析はしているものの)一番大事なのはクリエーターの創造力」と認めている。当然のことながら、自動的に名作が出来上がってしまうほど、映像作品の世界は単純ではない。

また後者については、日米の違いを持ち出すべきだと感じている。ネットフリックスが創り上げたアルゴリズムは、加入者が1000万単位となった後に、全加入者の視聴行動を数年かけて分析した末に完成させたものである。ところが日本人の嗜好は米国人とは同じでない。そして日本の加入者はゼロから始まり、100万人に到達するのに数年を要する可能性がある。つまり、日本人に最適なレコメンドは、しばらく機能しない可能性がある。やはり「テレビ局の猶予はあと5年」「今度こそ“テレビ崩壊”か?」という性急な表現は、思慮の浅い結論と言わざるを得ないのである。

 

7:VODがテレビ視聴を席巻するのか?

ネットフリックスが恐れるに足らない7つ目の根拠は、所詮はVODサービスだという点だ。米国内では約3500万もの加入者を獲得したが、CATVを解約した人は1000万に遠く及ばない。コードカッティングが起こっているのは事実だが、雪崩のように放送サービスの解約者が出ているわけではない。その最大の理由は、リアルタイムでテレビを見るニーズは依然大きいという点である。

去年11月の「Inter BEE2014」での米ニールセン担当者のプレゼンに、こんなデータがあった。「放送コンテンツは6~7割がライブ視聴、タイムシフト視聴が25~30%、そしてVODが3~9%」。多チャンネルやマルチメディアが進んだ米国でも、やはりリアルタイムでテレビを見るニーズは大きく、VODよりは録画再生が数倍上を言っているのが現実だ。VODのユーザーインターフェイスは、まだまだテレビやDVRのシンプルさには追い付いていない証左であろう。そしてレコメンドが如何に優れていようと、約1億人が熱狂するスーパーボウルのような爆発的な吸引力は、VODにはないのである。

 

結論:慌てず騒がず、実態を正しく認識しよう!

7つの側面から「ネットフリックス脅威論」に異を唱えて来た。最後にもう1点、この種の論を立てる場合の統計的な落とし穴に触れておきたい。複数の記事が同サービスの実力をこう評していた。「1ユーザーあたり、月平均35~40時間視聴されている。1日あたり1時間強で、これは米国のテレビ視聴率の25%に相当する」というのである。

しかし、これには論のすり替えがある。「1日あたり1時間強」なのは、約3500万の加入者の平均値。米国は約1億2千万世帯なので、全世帯のテレビ視聴時間が1日あたり4時間とすると、ネットフリックスの視聴率は、「米国全世帯平均」では、25%ではなく8%となる。「テレビ局の猶予はあと5年」「今度こそ“テレビ崩壊”か?」という性急な表現をしたがる人々の、バイアスのかかった統計マジックと言えよう。

筆者もマスメディアの中で長年表現活動を続けて来た一人で、表現者が陥り勝ちなバイアスについては自らも経験している。まずネタに出会ったジャーナリストや評論家は、自分の扱うネタが重大事であって欲しいという心理が無意識に働く。これが現象を事実より大きく見せ勝ちとなる。いわゆるセンセーショナリズムが表現者に芽生える所以である。その結果、例えば新メディア・新サービスの普及について「100万も~」と書き飛ばしがちだ。ところが世帯数約1億2千万の米国なら、「100万」は普及率にして1%未満で、とても「~も」と表現すべき量ではない。禁欲的に位置付ける習性を自らに厳しく課さない限り、表現者はセンセーショナリズムに堕す危険と隣り合わせなのである。

ネットフリックスの日本での成否については、冷静に考えれば耐えられる累損は200~300億円、特別な理由があっても400億円ぐらいだろう。これまで日本で挑戦したコンテンツ・サービスの米国資本は、3年前後で撤退を余儀なくされているが、その際の累損はほぼこの辺りとなる。ここから考えられる同社が制作する日本の独自コンテンツは、残念ながら民放キー局やWOWOWの番組が既に配信されている日本のVOD市場で、どこまで有効か疑問となる。世界で約6000万世帯におよぶ市場向けに日本のコンテンツを調達したいのなら、同社の日本上陸の意味は納得できる。日本のコンテンツ調達が主目的で、うまく行ったら市場の一角にも食い込みたい。この辺りが本音で、実際には強かで柔軟な事業計画を立てている気がするが如何だろうか。

いずれにしても改めていう。「テレビ局の猶予はあと5年」「今度こそ“テレビ崩壊”」と評するほど、ネットフリックスに力量があるとは到底認められない。

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