【中編】AIで広がるマスメディアの可能性

当シリーズ中編では、生成AIが社会に与えるインパクトを概説すると同時に、マスメディアの省力化やコスト削減効果について触れて来た。SNSにアップされたスクープの発掘、映像加工や番組ダイジェストの制作などだ。

 

加えて生成AIには、マスメディアが新サービスを展開し、これまでにない増収の道を拓く可能性を持つ。伝統的に“1対n”とマスを対象に情報発信してきたが、“n対n”と少数者へ特定の情報発信を行う道を可能にし、しかも利益を生む方程式もあるということだ。

 

具体例を挙げて、可能性を考えたい。

 

ルールチェンジへの対応

“1対n”とマス対象に情報発信していた時代のテレビは、最大公約数にリーチする番組を制作し、広告収入の最大化に努めてきた。ところがPCとIP網の進化でインフラが一新し始めると、マスメディア経由の情報消費率が下がって来た。PUT(総個人視聴率)の下落と、テレビ広告費の収入減だ。

 

“n対n”での情報流通の比率が高まったことも一因だ。SNSの隆盛である。ならば新たな方式での情報流通ワールドにテレビも進出すれば良い。ただし残念ながら、そこには無限に近いコンテンツが溢れ、マスメディア発の情報が一定割合を確保するのは容易ではない。ネット広告収入だけでは、テレビ広告費での減少分を補えないということだ。

 

ではどうするのか。TBSは番組のネット展開で、見逃し配信でのネット広告費とSVODでの配信料収入で、何とかテレビ広告費の減少分を補償している。ところがドラマなどネットで強いコンテンツを多く持たないテレビ局は同じ挽回策が可能とは限らない。そこで求められるのは、ルールチェンジへの対応としての従来にない新たな施策となる。

 

“テオ様現象”の応用

その解決策の一つが、“n対n”の情報発信を可能にする生成AIだ。例えばNHKの幼児番組のキャラクター・わんわんが、イベントで幼児が話しかけた際にその子の名前を呼び掛けるサービスがある。すると子供は自分の名を呼んでくれたために欣喜雀躍する。マスメディアの“1対多”の関係から、“1対1”の関係になれたことによる特別感だ。

 

何もこれは幼児に限らない。例えばTBSドラマ『Eye Love You』では、相手の目を見ると心の声が聞こえてしまう主人公(二階堂ふみ)に対して、年下の恋人テオ君(チェ・ジョンヒョプ)は韓国語を囁くために意味が伝わらなかった。この一ひねりしたファンタジーが、韓国語教室の生徒急増という“テオ様現象”を引き起こした。

 

もしAIを駆使したテオ君アプリが作られ、呼びかけに相手の名前を呼びながら応じてくれたら、しかも韓国語会話の勉強にもなっていたら、20~40代女性の間で大ヒットサービスとなっていただろう。月額1000円のアプリが10万単位で売れていたかも知れない。月額億単位の収入だ。

 

AIラーニングの時代へ

応用の範囲は娯楽番組に留まらない。ニュース・情報・教養の世界でも同様だ。例えばニュース。30分や1時間の放送では、項目の重要度を局が選んで並べている。ところが視聴者によっては、関心のない項目も少なくない。そこで最初に「今日の主な経済ニュースは?」の問いかけに、AIが簡潔に答えるとしよう。そこから「円高の動向を詳しく」とか「米中関係の今後の可能性は」と問われ、生成AIが詳報したら、そのサービスはヒットする可能性大だ。

 

医療情報でも同様だ。マスに向けた「腰痛」「高血圧」などをテーマにした番組は今までも何度も放送されてきた。そこを入り口に利用者が幾つかの自らの症状を入力すると、そこに可能性のある診断や対応する医療機関などを教えて呉れたら、当人にはとても便利で重要な情報となる。要はマスメディアが集めた情報に基づき、AIラーニング的なものにしてくれたら、とても使い勝手の良いサービスになる。

 

他にも語学・趣味・教養など、AIラーニング展開可能な分野は少なくない。月額数百円の定額サービスとしても、各領域が毎月千万円単位の収入増を果たす可能性がある。

 

ローカル局にもチャンス

ローカル局にチャンスはある。例えば観光体験をリッチにするためのサービス開発は、ローカル局にこそ可能だからだ。従来の広告収入以外の新規ビジネス開発のチャンスになる。

 

地域テレビ局には観光地のさまざまな映像がアーカイブとして保存されている。例えば京都の清水寺。四季折々の風景・歴史をしのばせる遺物・代々の「今年の漢字一字」の書・周辺の映えスポットや土産物などだ。

 

ただし年間500万人超の拝観者は、たまたま雨の日に訪れるかも知れない。雪や紅葉や新緑に彩られた寺の舞台を経験せずに終わるかも知れない。そこで自分の立つ場所が、時期や時間で変幻自在な美に包まれることを映像で追体験できたら、きっと100円程度のコンテンツ料は安いと感じるだろう。少なくとも3000円のラーメンを安いと感じる欧米の訪日客にとって、100円はタダ同然だろう。

 

そんなミニ動画を、AIとアーカイブでコストをかけずに制作できる時代が来た。著作権問題も自局映像ゆえクリアし易い。清水寺だけで年間50万回再生されると仮定すると、5000万円の売上となる。大半は利益として、テレビ局の経営を下支えする可能性が出てくる。しかも自局エリア内の観光地で、100種ほどのミニ動画を制作すれば、毎年億単位の営業利益を生み出すかも知れない。

 

エリア外との連携へ

1局だけで動き出す必要はない。ローカル局同士や海外のテレビ局と連携して、コストを分担すると共にノウハウを持ち寄り、コンテンツ・サービスの付加価値を向上させ、露出面を増やすことも工夫できる。

 

例えば絶景として知られる「天空の城」。兵庫県の竹田城・福井県の越前大野城・岡山県の備中松山城など、全国で15以上も有名な場所がある。これらを各局のアーカイブとAIで制作し各地で配信すれば、格安なコストで再生数を増やせる。

 

「天空の城」なら海外にもある。シリアのアレッポ城・中国の白帝城・イタリアのチロル城・ペルーのマチュピチュなどだ。この場合は素材交換で海外のテレビ局と連携する道もある。AIを駆使して外国語のテロップも入れるなど、制作を請け負うこともありだ。

 

「天空の城」は気象条件が合致しないと見られない。頑張って登って来た観光客は、間違いなく見えるはずの景色を堪能するための100円に満足するだろう。ついでに他の「天空の城」も見てしまう人も出てくる。“いつでも・どこでも・誰でも”ではなく、“今だけ・ここだけ・あなただけ”と限ると、人々の財布の紐は緩くなるものである。

 

生成AIという新メディア

“1対n”の関係で多くの支持を集めたマスメディア。ところがネットやSNSが重要になった以上、多様なニーズと個別の解決策という“n対n”の関係で支持されるサービスも開発しなければならない。「大変な時代になった」と嘆く前に、「ではTVメディアに何が出来るか」考える必要がある。

 

実際には過去60~70年で培った地域との関係や、膨大なアーカイブを前提に生成AIを活用すれば、新たなサービスを開発し収入増を図ることが可能だ。

 

※生成AIの具体的な活用法については、全12回のAIワークショップで実際に体験することが可能。
詳細はAIワークショップ | 次世代メディア研究所 (jisedai-media.main.jp)

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