150302ネットフリックスネットフリックス脅威論の概要

米国時間の2月4日、映像配信大手ネットフリックスが日本市場へ今秋進出すると発表した。その後2月20日、東芝からは同サービスに国内で初めて対応するテレビが発売された。パナソニックも3月上旬から発売予定だ。これらを契機に日本のネット上には、関連記事が頻繁に登場するようになった。主な記事のタイトルを列挙すると以下の通り。

テレビ震撼!「ネットフリックス上陸」の衝撃(2/5)

 今年秋、上陸決定!Netflixは黒船なのか?(2/5)

 Netflix急成長の一翼を担ったのは、メタデータだ!(2/9)

 Netflixは日本の映像ビジネスを変えるのか?(2/12)

 テレビ各社、米動画配信対応型を投入 「ネットフリックス」(2/12)

 “テレビ画面“を奪い合う、戦争が始まる

ネットフリックスの衝撃。テレビ局の猶予はあと5年だ(2/12)

 動画配信のNetflixが日本上陸、TV局主導のコンテンツ市場は変わるのか?(2/13)

 会員5000万人超・米動画配信「ネットフリックス」 

日本上陸で今度こそ「テレビ崩壊」か?(2/13)

見えてきた「Netflix」の国内サービス――対応テレビも着々(2/20)

Netflixボタンが日本のテレビを変える?–Netflix×東芝「REGZA J10」(2/20)

テレビがテレビじゃなくなるかもしれない状況にテレビはさしかかっている(2/23)

上陸!「ネットフリックス」は何がすごいのか(2/27)

 

米国での映像配信事業者トップの日本上陸だ。「黒船到来!」「日本のテレビの将来は大きく変わる」、いや「テレビ崩壊だ」と喧しい。だが「ちょっと待った!」と筆者は言いたい。コラムニストだった天野祐吉氏は生前、「コメンテイターは、他人と異なる意見を述べなければいけない。多様性の担保が重要」と言っていた。特に「状況を一言で一変させる野次の力が大切」という発言が印象に残っている。先達にはとても及ばないし、“状況を一言で一変”させるのは難しいが、このところのネットフリックス脅威論の大合唱に、ちょっぴり掉さしておきたい。敢えて言う。今の論調には誤解が7つある。

 

1:米国でのヒットが即日本でのヒットとなるのか?

1953年に始まった日本のテレビ放送では、米国制作の番組がたくさん流された。「スーパーマン」「名犬ラッシー」「わんぱくフリッパー」「奥様は魔女」などは、筆者も夢中になった作品だ。ところが日本では、次第に米国製番組が消えて行く。GP帯でのシリーズ番組としては、1977年の「ルーツ」が最後だった。米国製では次第に視聴率がとれなくなり、日本の番組の方が当たるようになったからである。つまり日本人は、日本人が登場する日本の番組を見たがったのである。

それでも映画の世界では、ハリウッド映画がその後も邦画を圧倒した。このアメリカ映画やドラマシリーズのパワーを背景に、日本上陸を計った放送システムがあった。1997年に放送を開始した衛星放送サービス「ディレクTV」だ。シュワルツネッガーが大統領候補に扮したテレビCMで最も強調したのは、「アメリカン・エンターテインメント」だった。この後、同システムのCMは「目指す未来が違う」と言ってのけた。しかし加入者は伸び悩み、最後は「おとうチャンネル・おかあチャンネル」とキャッチフレーズが迷走した末に、2000年にサービスは終了している。挑戦はわずか3年、アメリカのヒット作中心の試みは、日本では通用しなかったのである。

アメリカのエンターテインメントが、日本では退潮な事実を示す現象は他にもある。日本の映画館で上映される邦画・洋画比率の推移だ。1986年以降はずっと洋画が邦画を上回った。もちろん、その立役者はハリウッド映画だ。「ハリー・ポッター」「モンスターズ・インク」「スター・ウォーズ」「ロード・オブ・ザ・リング」などが並んだ2002年に至っては、邦画vs洋画の興行収入比率は27%対73%と洋画の圧勝だ。ところが2008年に23年ぶりに邦画が洋画を上回ると、以降はずっと邦画優位が続いている。「海猿」「テルマエ・ロマエ」「踊る大捜査線」とフジテレビの3本が全上映作品の中でトップ3を独占した2012年に至っては、邦画vs洋画の興行収入比率は64%対36%と邦画が圧倒した。

洋画の退潮は、テレビの世界でも同様だ。テレビ朝日が1967年に放送を始めた「日曜洋画劇場」は、淀川長治氏の名調子と決まり文句「さよなら、さよなら、さよなら」で視聴率の高い長寿番組となった。ところが黄金時代と言えるのは90年代までで、次第に洋画では高視聴率がとれなくなってきた。そして12年にはスポーツ中継・スペシャルドラマ・バラエティのスペシャル版で休止が増え、遂に13年春改定で「日曜洋画劇場」の枠名が変更され、「日曜エンターテインメント」となった。つまり映画以外の大型ドラマ・バラエティが同居するようになり、映画を流す時だけ「日曜エンタ・日曜洋画劇場」とされた。テレ朝のこの判断で、日本のテレビGP帯での洋画の定時放送はなくなったのである。

VODの世界でも、米国で08年にサービスを始め、11年に日本向けを始めたhuluがある。米国のテレビ局や映画会社が共同で設立し、コンテンツが豊富だったために、米国で急成長した。ところが日本では思うように展開しなかった。当初の加入料は月額1480円だったが、12年には980円に値下げされた。さらに14年4月には日本テレビに業務が継承され、米国資本は撤退を余儀なくされた。ディレクTVの時と同じ3年の命だった。

以上の通り、地上波テレビ・有料多チャンネル放送・映画・VODのどの分野でも、アメリカのヒット・コンテンツだけでは日本での事業は継続していない。持続可能なビジネスの鍵は、“アメリカのエンターテインメント”ではなく、“日本人が好むコンテンツ”が握っているのである。

 

2:大きく異なる日米のメディア環境!

米国の成功が日本で通じないのは、メディア環境が大きく異なる側面もある。例えばケーブルテレビの多チャンネルサービスは6~7割の普及率となったが、日本では2割に届かない。米国では地上波テレビが届かないエリアがたくさんあったこと、国土が広大で地域性に大きな違いがあったこと、多様な人種や言語が存在していたことなどが要因だ。そこまでの多様性が日本にはなく、地上波テレビが全国津々浦々にまで届いておりニーズが少なかったのである。しかも80年代までの米国では、地上波は3大ネットワークしかなかった。かたや日本では、NHKと民放で6チャンネルと充実しており、多チャンネル化が進む理由が薄弱だったのである。

衛星多チャンネル放送もしかり。米国の初期の衛星放送は、地上波もCATVも届かない農村地域をカバーするため、農協が団体契約をするなどして、最初から100万世帯ほどを獲得してサービスが始まっている。さらに多様性を前提にCATVより多いチャンネル数にニーズが存在し、3割ほどまで普及した。いっぽう日本の衛星多チャンネル放送は、1割にも届かずに去年あたりから加入減が顕著になっている。地上波テレビが圧倒的に見られている現実を前に、大きなビジネスには育たなかったのである。

ではネットフリックスはどうだろうか。元々レンタルビデオ店が近所に少ない米国では、DVDの宅配レンタル事業として加入者を急増させた。やがてVODへと移行し、14年末には米国内で約3500万もの加入者を獲得している。夕方プライムタイム帯での全米全ダウンストリームトラフィックの30~35%を占めるほどに成長していたのである。ただしその前提には、1か月に70~100ドルもするCATVの加入料の高さがあった。ネットフリックスなら月額8.99ドルから。米国ではCATVの10分の1ぐらいの割安感だが、日本のCATVは3000円程度だ。しかも加入者は2割もいない。大多数は無料の地上波テレビで満足している。つまりネットフリックスが割安という状況にないのである。

 

3:独自コンテンツで快進撃となるのか?

ネットフリックスには40以上のオリジナルコンテンツがあるという。その代表格が「ハウス・オブ・カード 野望の階段」で、2013年にエミー賞の3部門を受賞した。さらに今年は独自コンテンツを300時間ほど制作し、うち3分の1が4K制作になるという。これらの多くを日本で配信するから脅威というのである。

しかし項目1で詳述したように、米国でのヒットが即日本でのヒットとはならない。「ハウス・オブ・カード 野望の階段」は既に日本で配信されたが、該当事業者のビジネスが飛躍したという話は聞いていない。有料の世界では2014年、WOWOWの「MOZU」と全米オープンでの錦織選手の活躍が圧倒的な力を発揮した。2コンテンツ併せて15万件ほどの新規加入をWOWOWにもたらし、総加入者数が開局以来最高に達した。やはり日本のコンテンツが力を発揮したのである。

そのWOWOWは、2003年より独自番組「ドラマW」を制作してきた。これらの中から単発/連続ドラマ約60作品が、今年1月から順次huluで配信され始めた。加入者ゼロから今秋スタートするネットフリックスのライバルで、既に日本で100万ほどの加入者を擁すると目されている。ネットフリックスも日本製の独自コンテンツを一定程度用意する予定と聞くが、WOWOWからの約60作品を質量ともに凌駕するのは容易ではない。

さらにコンテンツの威力については、地上波テレビの番組が圧倒的という話は既にした。その見逃しサービスが、今日現在15~20番組ほどGYAOで行われている。こちらは無料のサービスだ。ネットフリックスがサービスを開始する今秋には、20~30番組とラインナップが充実している可能性が高い。定額見放題とは言え有料のネットフリックスが、質量ともに充実する無料のGYAOにどこまで対抗できるのか、甚だ疑問と言わざるを得ない。

 

4:TVメーカー抱き込み作戦は奏功するか?

先月20日に東芝が、そして今月上旬にはパナソニックがネットフリックス対応テレビを市場に投入し始めている。これらの端末では、リモコンに同サービスの専用ボタンがある。これを押すだけでサービスが立ち上がるため、ユーザーにとって利便性は極めて高いという。「必ず使ってもらえるサービスになる」と同社の担当者もコメントしている。しかし、これで本当に盤石なのだろうか。筆者には納得の行かない点が残る。

まず東芝はレグザの「J10」シリーズを2月20日から投入した。しかしレグザには、「Z10X」「Z9X」「J10X」「J9X」など9シリーズもある。今回の対応テレビはその内の1シリーズに過ぎない。パナソニックも3月上旬から対応するビエラ「CS650」を投入する。しかし同社にも40型以上を持つシリーズは、「AX900」「AX800」「AX700」「AS650」など8シリーズある。やはり対応機種はごく一部に過ぎない。

他にソニーやシャープなど他メーカーのシリーズも含めると、ネットフリックス対応テレビはごく一部であることがわかる。ちなみにJEITA(電子情報技術産業協会)の予測では、15年における薄型テレビの出荷台数予測は696万台。そして16~17年は700万代が続き、18年に漸く800万を超える。そのごく一部がネットフリックス対応テレビで、その2~3割が実際にネットに接続すると仮定すると、同サービスを利用できる家庭は毎年数十万程度が増えるだけとなりかねない。その中から何割に実際にお金を払ってもらえるかというビジネスである。ネット上の記事にあったような「テレビ局の猶予はあと5年」とか、「今度こそ“テレビ崩壊”か?」という表現が、如何に大袈裟かが分かる。

 

5:4K対応は決定的か?

同サービスは前述の通り、「今年は独自コンテンツを300時間ほど制作し、うち3分の1が4K制作になる」ことを強みとしている。しかし4Kテレビは40型代以上の大型テレビにしか機能がのっていないのが現状だ。そのサイズは台数ベースで言うと3割強しかない。その一部が4K対応になっているに過ぎず、例えば14年末時点でも全テレビの中で4K対応は1割に届いていない。その中の一部がネット接続をする現実から推測すると、4Kを売りにしても対象となるテレビは当面年間50万台以下となる。

しかもネットフリックスのボタンをリモコンに設置した東芝「J10」もパナソニック「CS650」も、実は4K対応ではない。共に高画質と謳っているが2Kだ。ネットフリックスが4Kを武器としながら、対応テレビが4Kでないという戦術のちぐはぐさは、どう受け止めたら良いのだろうか。ネット上の記事の多くはテレビの専門家が執筆しているはずだが、こうした矛盾はなぜ見過ごされたのか。いずれにしても、これでは4Kが決定的とならないことだけは確かだろう。

 

6:優れたデータ分析技術はどこまで通用するのか?

ネットフリックスの優位性に言及する際、米国での実績や資本規模の大きさの他に、優れたデータ分析能力を挙げる記事が多い。一つはユーザーの視聴データや番組の人気などのビックデータを解析し、制作に反映すること。エミー賞を受賞した「ハウス・オブ・カード 野望の階段」は、正にビックデータ解析の賜物という人もいた。そしてもう1点は、レコメンド技術だ。同サービスの動画視聴は、現状75%がオススメ機能からと言われている。これを以って、ユーザーの利用状況を解析した結果つくられたアルゴリズムが極めて優れており、日本でも切り札になるという見方である。

しかし2つの視点について、いずれも筆者は疑問を禁じ得ない。まず前者だが、もしビッグデータ解析でヒット作が作れるのなら、ネットフリックス制作の番組は全てエミー賞級となる。ところが実際には、1作が受賞したのは事実だが、他が軒並みビッグヒットになったわけではない。つまり、受賞した後の後知恵として、ビッグデータ解析が持ち出されている気がしてならない。実際に同社の担当者は、「(データ解析はしているものの)一番大事なのはクリエーターの創造力」と認めている。当然のことながら、自動的に名作が出来上がってしまうほど、映像作品の世界は単純ではない。

また後者については、日米の違いを持ち出すべきだと感じている。ネットフリックスが創り上げたアルゴリズムは、加入者が1000万単位となった後に、全加入者の視聴行動を数年かけて分析した末に完成させたものである。ところが日本人の嗜好は米国人とは同じでない。そして日本の加入者はゼロから始まり、100万人に到達するのに数年を要する可能性がある。つまり、日本人に最適なレコメンドは、しばらく機能しない可能性がある。やはり「テレビ局の猶予はあと5年」「今度こそ“テレビ崩壊”か?」という性急な表現は、思慮の浅い結論と言わざるを得ないのである。

 

7:VODがテレビ視聴を席巻するのか?

ネットフリックスが恐れるに足らない7つ目の根拠は、所詮はVODサービスだという点だ。米国内では約3500万もの加入者を獲得したが、CATVを解約した人は1000万に遠く及ばない。コードカッティングが起こっているのは事実だが、雪崩のように放送サービスの解約者が出ているわけではない。その最大の理由は、リアルタイムでテレビを見るニーズは依然大きいという点である。

去年11月の「Inter BEE2014」での米ニールセン担当者のプレゼンに、こんなデータがあった。「放送コンテンツは6~7割がライブ視聴、タイムシフト視聴が25~30%、そしてVODが3~9%」。多チャンネルやマルチメディアが進んだ米国でも、やはりリアルタイムでテレビを見るニーズは大きく、VODよりは録画再生が数倍上を言っているのが現実だ。VODのユーザーインターフェイスは、まだまだテレビやDVRのシンプルさには追い付いていない証左であろう。そしてレコメンドが如何に優れていようと、約1億人が熱狂するスーパーボウルのような爆発的な吸引力は、VODにはないのである。

 

結論:慌てず騒がず、実態を正しく認識しよう!

7つの側面から「ネットフリックス脅威論」に異を唱えて来た。最後にもう1点、この種の論を立てる場合の統計的な落とし穴に触れておきたい。複数の記事が同サービスの実力をこう評していた。「1ユーザーあたり、月平均35~40時間視聴されている。1日あたり1時間強で、これは米国のテレビ視聴率の25%に相当する」というのである。

しかし、これには論のすり替えがある。「1日あたり1時間強」なのは、約3500万の加入者の平均値。米国は約1億2千万世帯なので、全世帯のテレビ視聴時間が1日あたり4時間とすると、ネットフリックスの視聴率は、「米国全世帯平均」では、25%ではなく8%となる。「テレビ局の猶予はあと5年」「今度こそ“テレビ崩壊”か?」という性急な表現をしたがる人々の、バイアスのかかった統計マジックと言えよう。

筆者もマスメディアの中で長年表現活動を続けて来た一人で、表現者が陥り勝ちなバイアスについては自らも経験している。まずネタに出会ったジャーナリストや評論家は、自分の扱うネタが重大事であって欲しいという心理が無意識に働く。これが現象を事実より大きく見せ勝ちとなる。いわゆるセンセーショナリズムが表現者に芽生える所以である。その結果、例えば新メディア・新サービスの普及について「100万も~」と書き飛ばしがちだ。ところが世帯数約1億2千万の米国なら、「100万」は普及率にして1%未満で、とても「~も」と表現すべき量ではない。禁欲的に位置付ける習性を自らに厳しく課さない限り、表現者はセンセーショナリズムに堕す危険と隣り合わせなのである。

ネットフリックスの日本での成否については、冷静に考えれば耐えられる累損は200~300億円、特別な理由があっても400億円ぐらいだろう。これまで日本で挑戦したコンテンツ・サービスの米国資本は、3年前後で撤退を余儀なくされているが、その際の累損はほぼこの辺りとなる。ここから考えられる同社が制作する日本の独自コンテンツは、残念ながら民放キー局やWOWOWの番組が既に配信されている日本のVOD市場で、どこまで有効か疑問となる。世界で約6000万世帯におよぶ市場向けに日本のコンテンツを調達したいのなら、同社の日本上陸の意味は納得できる。日本のコンテンツ調達が主目的で、うまく行ったら市場の一角にも食い込みたい。この辺りが本音で、実際には強かで柔軟な事業計画を立てている気がするが如何だろうか。

いずれにしても改めていう。「テレビ局の猶予はあと5年」「今度こそ“テレビ崩壊”」と評するほど、ネットフリックスに力量があるとは到底認められない。

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