「情熱大陸」エンディング「情熱大陸」が熱い!

1953年2月1日、日本で最初のテレビ放送が始まった。それから62年目となる今月1日、テレビ画面に画期的な一文が流れた。毎日放送(MBS)「情熱大陸」のエンディングに、「GYAO!で無料見逃し配信実施!」のテロップが表示されたのである。今までも「自局サイトでVOD実施中」などとテレビ局が表現することはあった。ところが資本関係のないネット企業の名を挙げ視聴誘導を計ったのは、筆者の記憶では初めだ。

01年に政府IT戦略本部の議論で、「ハード・ソフト分離論」が登場してから以降、テレビ局のネット企業に対するアレルギーは強烈だった。05年にホリエモンがフジテレビ買収を仕掛け、楽天がTBSを狙ったため、両者の関係は険悪となった。ところが06年に竹中総務相(当時)による私的懇談会の議論を経て、関係に変化が生まれた。そして雪解けは、ここ数年で急速に進んだ。

その象徴は、去年1月から日本テレビがドラマやバラエティなど、夜の人気番組を見逃し配信し始めたことだ。去年10月からはTBS,今年1月からはフジテレビも追随している。キー局だけではなく、ローカル局も番組のネット配信に乗り出している。冒頭のMBS「情熱大陸」もその1つ。当番組が本当に傑出したのは、実はネットでの視聴回数だった。その比較は、動画配信サイトGYAO!で可能になる。配信初日から万単位の視聴回数を誇り、4日目の2月5日には視聴回数5万一千と、同サイトで配信される全3万以上の動画の中で3位にランクインした。しかも2月2日から8日までの一週間に配信された全コンテンツの中でも12位を誇った。同時期に配信されていたキー局のどの見逃し配信より多く見られたのである。

12位 MBS「情熱大陸」(2/1放送分)
21位 TBS「流星ワゴン」(3話)
33位 フ ジ「ゴーストライター」(4話)
44位 フ ジ「残念な夫。」(4話)
45位 日テレ「有吉反省会」(2/1放送分)
48位 TBS[まっしろ](4話)
50位 日テレ「しゃべくり007」(2/2放送分)
57位 TBS「美しき罠~残花繚乱~」(5話)
66位 日テレ「今夜くらべてみました」(2/3放送分)
74位 日テレ「学校のカイダン」(4話)
86位 TBS「マツコの知らない世界」(2/3放送分)

如何だろうか。ローカル局が奇をてらうことなく愚直に作ったドキュメンタリーが、キー局の人気ドラマやバラエティをブッチ切っての12位である。数字をとりに行った娯楽番組を圧倒した点は、称賛に値すると言えよう。この回の「情熱大陸」は、30代半ばでデビューした演歌界のニュープリンス福田こうへいが主人公だった。遅咲きだが中高年に元気を配る福田の魅力と、好感のもてる素直な番組の作りが、若年層が多く集うネットでも人気を博したのである。

新たなマネタイズの時代

筆者は昨年暮れ、日本民間放送連盟の井上弘会長にインタビューをする機会を得た。氏はTBS時代に、数々の改革に着手してきた経営者だ。例えば2000年の分社化と、それに伴う人件費の見直し。07年には国内でも珍しい年金減額訴訟で和解をまとめた。さらに08年には赤坂サカスをオープンさせ、放送外収入を大幅に増やしている。いずれもTBSの経営安定化に貢献したが、この間のTBSの視聴率低下は甚だしく、トップとしての毀誉褒貶も激しい人物と言えよう。

その井上氏は昨秋、「インターネットを使ったテレビ番組の見逃し視聴サービス」の検討を民放連内で仕掛けた。必ずしもキー5局が同じ方向を向いていない中での突然の言及で、業界はハチの巣をつついたように大騒ぎとなった。それでも氏は、「民放連でも利害がからむ面があり、難しいことは承知しているが、メリット・デメリットを含めて検討し、少しでも前へ進めるよう(民放連の)理事に理解を求めた」と断固たる決意を示した。

多くの困難が予想される取組に井上氏が踏み出した背景には、テレビのHUT(総視聴率)低下がある。タイムシフト視聴へと流れる人が増え、テレビをライブで見る人が減っている。日本では両者の視聴実態についてデータがあまりないが、米国では状況が数値化されている。昨年11月に「Inter BEE 2014」で講演した米ニールセン社のエリック・ソロモン氏によると、放送番組は録画再生が25~30%、ネットでのオンデマンド視聴が3~9%を占め、ライブ視聴は6~7割程度に減っているという。日米では環境の違いがあるものの、リアルタイム視聴の指標となる視聴率を通貨にしている以上、日本のテレビ界も曲がり角に差し掛かり始めたことは間違いない。筆者が直接確認した井上会長の認識も、「残念ながら、録画視聴によるCMスキップの回避は難しい」「ならば違う方法でマネタイズしなくてはならない」「その一つの回答が、ネットにおける見逃し視聴」だった。幾つかのキー局が見逃しサービスに乗り出したのも、こうした考え方が前提にある。

ピンチはチャンス!

ローカル局から見ると、今起こっていることは二重のピンチだ。録画再生が増え生視聴が減ることによる広告収入減が一つ。もう一つは、キー局が自らネット配信することで、放送時に電波料などで預かれたお零れが、ネット配信では全くなくなる点である。いよいよ自立の道を模索しないと、生き残れない時代になってきたのである。

そこでローカル局もネット配信に乗り出した。去年8月に福岡放送(FBS)が始めた「発見らくちゃく!」の配信を初め、RKB毎日放送「TEEN!TEEN!」、テレビ大阪(OTV)「和風総本家」など、ネットの活用が活発になっている。視聴回数もMBS「情熱大陸」と同様、FBS「発見らくちゃく!」が系列キー局日テレの「有吉反省会」を上回った。OTV「和風総本家」に至っては、ネットでブレークしたため大阪地区の視聴率が上昇したという認識すらある。

もちろん「ローカル番組だからネットで強い」とは限らない。ただキー局GP帯番組のように視聴率のために最大公約数を狙う番組と比べ、ローカル番組はターゲットが明確な場合が多い。制作に情熱が漲ることもある。さらに客観的には、知名度が低いためにネット上では新鮮なコンテンツとなり、実際に独自性があるとバズなどを介してブレークする場合がある。筆者がNHK時代に手掛けた番組のミニ動画配信でも、NHKスペシャルや大河ドラマのような大番組より、ETVで視聴率が1%に満たない弱小番組が気を吐く現象が見られた。テレビ放送とネット配信では磁場が異なり、意外な逆転劇が起こる。その意味では、ローカル局にもチャンスがある。

ただし課題がないわけではない。キー局が直面しているように、番組のネット配信をどうマネタイズするかだ。日テレは今、15秒CM1視聴あたり5円の収入を確保できるか否かで奮闘している。仮にローカル番組のネット配信で、3円の15秒CM4本を配信できれば、1視聴あたり12円の収入が発生する。「情熱大陸」にその条件を当てはめると、数百万円の収入があったことになる。ローカル局から見ると望外の放送外収入となるが、課題は1本3円という営業力があるか否かだ。

以上がこの1年で急速に進んだ、テレビ番組のネット配信の舞台裏である。筆者はテレビ業界に32年身を置き、ローカル局勤務も経験した。地方にいるために意外なネタに遭遇し、面白い番組に行き着くこともある。こうしたダイナミズムがあるが故に、ローカル局の存在理由があると考える。客観的には取り巻く環境は厳しくなる一方だが、だからこそ知恵がものをいう局面も出て来ている。10年ほど前には、北海道テレビ(HTB)「水曜どうでしょう」という成功例もあった。ローカル局が自らの知恵と努力で、新たな可能性を切り拓くことを願ってやまない。

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